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『地球のはぐれ方』

2005年07月31日 08:26

村上春樹がスタイリストの吉本由美、写真家都築響一(そういえば知人(の部屋)がTokyo Styleに載っている)と3人で「東京するめクラブ」というユニットで行った旅行記。 旅行した先が、ナゴヤ・熱海・ハワイ・江ノ島・サハリン・清里で、サハリンと清里以外は僕も割と詳しいのだが。 この本は「ちょっと変わった旅行や人生の楽しみ」を提案しているはずなのに、あまりにも普通に読めてしまったのが問題と言えば問題。 例えばマウイ島とホノルルのユルイ楽しみに関しても、いまさら感がある。「日本人が行かない」ルアウもポリネシアン文化センターにちゃんと行ったし、終わってしまった(残念。知らなかった。また行きたかったのに)コダック提供の無料のフラダンスショーも行った。本当に観客は白人ばかりでした。帰りにカパフル・アヴェニューに行ってチャプスイとかをフジ食堂で「ライスはワンスクープね」と注文して食べてヴィンテージのアロハをしこたま買ったりもした。 江ノ島篇でもエスカーとか普通に知ってる。「きんきろう」という食堂(だったかな?)に言及して欲しかったとか。旧江ノ島水族館の「ジェリーフィッシュパーティ」も行ってる(そこで鈴木亜紀さんを初めて聞いた)し。 こうやって書くと特殊な人みたいだけれども、そんなことないのです。もう「こんなユニークな僕」を自慢しようっていうのがイヤったらしい上にたいしたことないのはよくよくわかったから、そんな気分は微塵もないし、そもそも上に書いたアトラクションは全部普通のガイドブックに載っていたのです。 「人とは違うんだぞ」という思い上がりとも「どうして人と違うんだろう」という悩みとも違うところで、不思議に困惑した気持ちでいる。 そういえば昔、同じ村上春樹氏の『日出ずる国の工場』を読んでブティックに赴き10年ほどコムデギャルソンの愛用者となった(いまでも様々な事情が許せば川久保玲氏のブランドを纏いたいとは思っている)のだが、そういう行動って一般的じゃないのかな? こんど熱海に行ったら風雲文庫に行かねばなるまい。と、強く思ったのですが、みなさんいかがですか?  本当に昔から不思議なんです。ほら、新聞とかに紹介された場所に翌日勢い込んでいくと滅茶苦茶空いていたりするんですね。どうしてみんな行かないのかな? ブリュッセルの小便小僧の女の子ヴァージョンとかも「地球の歩き方」に載っていて小便小僧のすぐそばにあるのに実際に行った人に会ったことがない。あげくのはてに「トリビアの泉」で採りあげられたりする。中公新書の旅の本で「ヨーロッパ一美しい村」と書いてあったバーガンディーの村にも実際に行った人にはほとんど会ったことがない。丘の上にあって麓には世界一(当社比)のフランス料理店があるんだよ! この手の話はこどものころから沢山ある。 僕は『地球のはぐれな方』が欲しいくらいです。
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レオノール・フィニ展

2005年07月29日 21:45

日曜日で終わってしまうので急いで赴きました。久しぶりに訪れる渋谷の Bunkamura でしたが Café deux magots Paris(本当にこういう店名なんですよ。パリがつくあたりが恥ずかしい)のテラスが記憶と違って狭く感じられたのはどうしてだろう。 展覧会は結構なものでした。絵として一番良かったのは Asphodèle という女性を描いた抽象的で装飾的な絵で、「蔓穂蘭(つるぼらん)」と訳されていました。辞書にはシャグマユリともあり、蘭なのでしょうか百合なのでしょうか。こんな花らしいのですが、絵のイメージとは随分違います。ギリシア神話で、死者の霊の住むアスポデロスの野に咲く不凋花アスポデロスに由来した名前らしいのですが。そう考えると不吉な絵でした。なんだか聞き覚えがあると思ったら『異邦人』に出てくるのでした。あと、女の子が4人並んでいる「変容」という屏風が少女マンガみたいな絵柄で萌えました。しかし裏を返すと同じ構図で遺骸や骸骨が並んでいるのですね。女は怖い。僕は裏は要りません。一番印象的だったのはジャン・ジュネの肖像なんだけれども、それは絵とは関係のない要因かもしれません。いやきっとそうだ。 最近はフランス人画家の展覧会でも題名が英語のことが多くてなんだか違うんじゃないかと疑心暗鬼になったりするのですが今回はタイトルがフランス語だったので勉強になりました。確か「首かせ」というタイトルの絵があって、当然知らないのでフランス語を見ると carcans とありました。フランス語で首枷ってカルカンなんですね。ペットフードの kalkan と日本語で発音すれば同じです。ま、「ねこまっしぐら」だからレオノール・フィニらしいといえばらしい。それから猫の扮装のスケッチのタイトルが gattomachia でイタリア語らしいのだけれども(だってイタリア語でネコはガットですね。「黒猫のタンゴ」の原題は Volevo Un Gatto Nero 黒いネコがほしかった)machia がフランス語の maquillage ならば「猫化粧」ですね。今日覚えた単語は使い道なさそうだなぁ。蔓穂蘭にしても赤熊百合にしても見ることはなさそうだし、首枷も猫化粧もしないと思う。 レオノール・フィニのアパルトマン探訪みたいな短編映画もヴィデオ上映されていて印象的でした。そこにもネコがいっぱい。ネコが映ると名前が紹介されるのです。日本語版のナレーションを作って渡辺篤史にやってもらえばいいと思いましたね。 フィニ女史の年譜で驚いたのは生涯の伴侶が二人いたこと。一人だったのが二人になったときは御歳44歳だったというのも立派すぎ。晩年になって二人を相次いで亡くして画風が暗くなったといいます。

コンクール出場、伊藤浩子さん

2005年07月28日 09:42

午前中は金子レッスンで♪学びあうためのコンクール「第17回 関東アコーディオン演奏交流会」に出場することをご相談する。先生はコンクールとかオーディションはお好きでなく「そんな頭下げなくても上手ければ向こうから依頼に来るんだよ」という御主義なので恐る恐る申し出たのだけれども「励みになって良いでしょう」とあっさりお許しが出て拍子抜け。 出場は初心者の部で曲はグノーの「ファウストのワルツ」。所属団体は金子教室である「東京アコーディオン教室」ではなく自らが主催する「東京アコーディオン教室新宿練習会」からとする。グノーは「音階練習になるから」とボタンに転向して最初に貰った曲です。 レッスンは他に「光と影」「サードマン」。 夜は仙川へ。伊藤浩子さんのライブで、信じられないことに禁酒禁煙のライブハウスでした。禁煙は構わないけれども、ビールも飲めないのは雰囲気が出ない。 自らのトリオを率いてのオリジナル中心の意欲的なステージ。音頭にアレンジした「リベルタンゴ」もキワモノにならないのは流石。それでもミュゼットやシャンソンを聴きたいというのは聞き手のわがままなのだろうけれども、もっとスタンダードが聞きたかったのが正直な気持ちで、ちょっと考えました。

夏はチューヴでヴァカンスを?

2005年07月23日 10:23

というと「ストッ   ザシーズンインザサン」とか歌っちゃう人とか、「夏はチューブトップがええなぁ」となっちゃう向きとかもいらっしゃると思いますが、チューブというのはフランス語でヒット曲のことであります。で、思うに「チューブ・デテ(夏のヒット曲)」というジャンルがあるのですね。だいたいヴァカンス中ってこれという新譜も出ないしダンス音楽中心だし、莫迦みたいな同じ曲がずうっと流行っている訳でして、行楽地に行くと流れてて想い出とセットになる。ランバダだマカレナだとメディアがしかける振り付きの曲もあるし。フランスでテレビ見てると夕方は海岸から生中継で歌手が出たり素人がカラオケ歌ったりする緩い番組がありますが、そういうところでもお馴染みになる曲。 僕は、そういうのも好きなんです。最初に体験したのがヴァネッサ・パラディの「ジョルタクシ」で、その印象が良かったからというのもあります。今思うとアーティストも楽曲も夏ヒットでは例外的なクオリティだったんですね。詞なんかロダ=ジルだもの。 それでも、デビュドソワレもズーク・マシーンも悪くなかったし、ヤニックの「スソワレラ」の振りだって覚えた。 去年はちょっとヒットは早かったけれども例の「ドラゴスタデンティ」があったし。 という訳で、ヴァカンスになったので今年の夏の1曲を求めて現在のチャートの曲をここでチェックしたんですよ。 結論は、徒労でした。avoir beau で in vain な試み。NRJだの試聴サイトだのTV5だのを駆使して15位まで聴きましたが、ほとんどダメというより辛いです。年々NRJがキツなってFipばかり聞いているのが年齢のせいではなくて新しいヒット曲が下らないからだとまとめて確認してわかりました。具体的には挙げませんが、ほとんど凶悪な楽曲ですね。15位のヤニック・ノアだってそんなに良いものではないはずなのに上品に聞こえるし、ガルーとデュエットしているお姉さんも普通の歌なので心が安らぎます。8位のラファエルなんてもう次元が違う素晴らしさの高み。それでもイロナちゃんの2曲は、それなりに良いので夏の想い出にはなると思います。 この日の調査で収穫は圏外でしたが Marie Mai の Il faut que tu t'en ailles。この人は要チェックみたいです。

djing の楽しみ

2005年07月20日 10:25

実は、この日で実質上ヴァカンス前の仕事が終わります。もちろん仕事なんて常にあるのですが時間と空間を束縛されるのは昼食を食べたら終わり、約4週間のヴァカンスです。 さて、仕事納めは11日と同様のイベントの音響担当で、開場後開始までの場内BGMをまず流します。曲目は以下の通りであります。 Moon River (Little tony) La Mala Educacion OST Prayer (Durutti Column) The Another Setting 他人の顔(オリジナルサウンドトラック)武満徹映画音楽選4勅使河原宏 Prelude: Song Of The Gulls (King Crimson) Islands La Valse d'Amélie (Version Orchestre) (Yann Tiersen) Le Fabuleux Destin d'Ameélie Poulain Huit Et Demi (Otto E Mezzo) (BOF - Nino Rota) Tutto Fellini Peace - A Theme (King Crimson) In The Wake Of Poseidon Russian Waltz (Shostakovich) BOF Eyes Wide Shut Polegnala E Todora (Love Song) (Bulgarian State Radio & Television Female Vocal Choir) Le Mystere des Voix Bulgares Penguin Cafe Single (Penguin Cafe Orchestra ) Music from the Penguin Cafe 途中から海外研修の紹介をプレゼンテーションソフトのスライドで見せるので、アメリカをテーマにして Swim to America (Stephan Eicher) Taxi Europa Foggy Mountain Breakdown American Pie (Madonna) An American Dream (Dirt Band with Linda Ronstadt) Sister Golden Hair (America) America (Simon and Garfunkel ) と曲を組んだのですが、実際は予定より短かったのでマドンナの途中まで。 続いて北海道旅行の紹介は本当に短いので Northern sky (Nick Drake) いよいよイベントが始まるとマイクの音量、音質を調整し、イベント終了後は夏らしく Le soleil donne (Laurent Voulzy) Saisons (Disc 1) でお客様お見送りです。 続いて会場のマイクや配線を片付け、昼食に出された鰻を他のスタッフと反省会と称していただいて、めでたく(個人的には)仕事納めとなったのでした。 今回は入場者の感想こそなかったのですが(当たり前)、受付スタッフから前回の選曲を褒めて貰って「今日も楽しみです」と言われたのが嬉しかったですね。 やっぱり選曲は楽しい。テーマや状況の縛りがタイトな方がアイディアが出るとわかりました。今回曲つなぎは i-tunes 様にお任せで、音量調整もお任せ、音質もいじらなかったのですが、その辺もモニターしながら凝るとどこまでもデリケートなことができるのは確かです。あとは事前にリストを決めておいても反応見ながら曲を差し替えられると、もっともっと djing が楽しくなることでしょう。 最近、ライブのフロントアクトとして DJ のかたがブースにいらっしゃることが時々あるのですが、そこまでやっているのかなぁという感じがします。持参の音源を順番にかけている感じで、あれならばMP3ファイルを満載したハードディスクを接続して即興的に選曲した方が音質の問題はあっても選択肢も増えるしライブの臨場感があるのではとか、もっとフェーダーの使い方やイコライジング(要するに音量と音質)にデリカシーが欲しいとか思ってしまいます。極端な話 CD-R を1枚焼いてもらって誰か別人が回したっていいのでは思うこともあったりして。 もう10年近く前ですが、ハウスというかテクノというか、要するにリッチー・ホウテインのプラスティックマンとリチャード・D・ジェイムズのエイフェックス・トゥィンにハマッタ時期がありまして、そのときに見たリッチー・ホウテインのプレイは凄かったですね。同じ夜に体験した石野卓球も楽しかったけれども、音楽を流すことによって空間を掌握している感じが素晴らしかった。ああいう選曲と Djing がしたいものです。それは僕がやっているような普通のイベントの場内音楽でもできるんじゃないかと思うのです。

ベイシック「おひとりさま」鈴木亜紀

2005年07月17日 14:33

農繁期の追い込みでネタがありませんが、前日のライブのレポートができるなんて、なんて間がいんでしょ。例によって音楽とあまり関係ないレポートですみませんが。 さて、鈴木亜紀ライブ。亜紀さん自身が毎月弾き語りで決まったハコでのライブは結構マンネリ化しそうで辛いのだけれどもここは続けることにしたのだと語る、もしかしたらライフワーク化しそうな外苑前 Z・imagine(この字はジョン・レノンのロゴを想起してください)のライブであります。なんたってドリンク付いてのチャージ900円は安すぎ。だから毎月通ってしまってる。実際には飲物が1杯ではすまないので僕は結構お勘定がかさんでしまいます。この日は聞いたことのないブラジルのスピリッツがあったので注文したら、これが30何度の強いお酒でふわっとまわってしまい、珍しく2杯飲んだだけで帰りましたが、、、。 おそらく僕がライブで聴いている音楽家では三宅榛名先生に続いて第2位になっているのではないでしょうか。あっちのライブの総数はカルロス・クライバー並みだけれども、4半世紀通ってますからねぇ。だんだんライブで好きな歌や、よく知っている歌の比率が高まっているのは何故でしょう。今回も「ハムカツサンド」が2曲目で、この曲まだCDに入っていないのですが遂に全部一緒に歌えてしまった。 先月はゲストも入ってちょっと趣向が変わってたので、今月は「これでもか」という濃いスズキアキの世界が繰り広げられました。でも、「次もまた濃い歌を」というイントロで始まった「午后のトカゲ」なんかルフラン(サビ)とかはけっこう爽やかだと思ったけれどね。そんなにドロドロしてたら作品でないので昇華されたものが美しいからオーディエンスがいるのだと思いますね。 今回のMCでビックリしたのは抽象的で象徴的な歌だと思っていた「みんな太陽に行く」が具体的な子供時代のヴィジョンに基づいていると知ったこと。これは怖い。亜紀さん怖い人だ。そういえば怖い歌を歌う人といえばエディット・ピアフって恋人が綺羅星の如くいますよね。あの恋人たちもピアフと渡り合えただけで偉大だと思うのです。怖い人って、歌を聴く分には圧倒されてれば良いんだけど実生活で関わるのは大変そうです。これは関係ない話ですよ。閑話休題。「みんな太陽に行く」って意味がよくわからなかったんだけれども、意味などわからないが具体的なヴィジョンとして聴くべき歌だったのです。やっぱり怖いや。怖いといえば、とんでもない殺し文句がある歌もありますね。「クラゲのふたり」のリフレインとか。この日は「夕暮飛行」の「君に会えずに今日もまた終わる」が心に響きました。 どうして東京のライブは男性一人客が多いのかというMCもありましたが、余計なお世話だなと一人客の一人として思いました。もっとも自分が独りであることは事実なので仕方ありませんが。あとは MCでは『金色の砂』を「最後のCD」と紹介したのが外人みたい(英語ならマイ・ラスト・ディスクで何の問題もない)だったのと、「こいのぼり」を「ビールの歌」と紹介して自分はタンサンが苦手だという情報が開示されました。そのうちにシャンパンでも差し入れして飲みながらライブして貰おうかと思っていたのに、それも叶わないのかと残念。やっぱり亜紀さんはアルゼンチンとかの赤のスティルワインが似合うのでしょう。それもヴィンテージなんかないやつ。フランスだったらガメイの酒。もっとも亜紀さんピアノの上にグラス置かない偉い人だからシャンパングラスも目立たないし。あれはピアノを大事にしてるからでしょね。グラス蹴飛ばして床をびしょびしょにしたりしてましたがね。床はどうなっても良いんだ。 でも、ばんばん有名になって大編成で「運命の女神」なんかカタロニア風のブラスを入れて聞きたいし、「ブレリアお七」の歌詞だって「あなた」が当たる籤ならば何十万円ではなく何百万、何千万と買って欲しいとも思います。「あなた」が何十万円なんて悲しいよ。有名になった暁にはドームの3階席なんかから遙か遠くの亜紀さんを見ながら感慨にふけるのです。 来月は30日の予定だそうです。それから今年の見聞録は10月28日に公園通りクラッシクスになるらしい。

ライブ2題(1件は鈴木亜紀物件)

2005年07月16日 01:28

今日は1日にライブ2つを体験。この1週間で5ライブというのは人生の最高記録かも。 まずはごく近所で様々な人たちの合同クラシック発表会。6月29日の日記でご馳走になったと書いたテノール歌手の方がギター伴奏のテノールの歌を聴かせてくれたのでした。イタリア歌曲(オペラのアリアかも)、カンツォーネ(しかも例の「ヒロシです」の「ガラスの部屋」)、日本の歌(「島原地方の子守歌(おどみゃ島原の…)」って昔からの民謡を採譜したのではなく昭和25ごろに作られた「新民謡」だと知ってビックリ。そもそも「新民謡」なる言葉を初めて知りました)というヴァラエティ富みまくりの3曲。途中から入場して、お目当ての歌を聴いたら帰っちゃったので出演者全員を聴いたのではないのですが、一番の出来だったのは嬉しかったですね。 ところで、出演者のおひとりがプーランクの歌曲を取り上げてらっしゃいました。最初は何語かと思ったのですが、フランス語だと思って聴けば内容もわかりましたが、なにしろルイーズ・ド・ヴィルモラン(たしかサンテグジュペリの恋人だったり、コクトーの関係者だったり、ゲンズブールが出ている映画の監督だったりするのですが、全体像がつかめていないひと)だったりするので、結構難解。ヴィルモランの詩は『偽りの婚約』という曲集で、ほかにもベルギーの人モーリス・カレームの詩による『当たり籤』から「ハートの女王」が歌われ、フランスのメロディーは、やっぱり詩の良さに拠るのだと再確認したのでした。 夜は鈴木亜紀さんの月例ライブに行ったのですが、その話は明日の日記にします。

熊坂路得子さん

2005年07月12日 14:36

仕事に追いつめられつつ中野karmaへ。この日はアコーディオンの熊坂路得子さんが夜遅くのライブを行い、それに「『葦』フレンチ・ナイト」でも歌って頂いた藤木友紀子さんがゲストで歌うのです。小さなお店でマイクがないというのでささやかなPAを持参してエンジニアというかマイクロフォン提供者として潜り込んだのです。 店に着くと既にテーブルが取り払われていて椅子だけになっています。これでは仕事ができないので、店の外に出されたテーブルを使って立って仕事。追いつめられていますね。 これは、良いライブでした。夜10時開場、10時半開演で、終電のひとつ前で帰るという事態でしたが、主催者がフードイベントをするかたで、フードイベントでもあるんですね。この食べ物担当者の佇まいがいかにも美味しい御飯を作りそうな感じで、僕も「豆腐と味噌の和風ビシソワーズ・ゴマ風味/エビとセロリのナシゴレン風ご飯」を冷たいチャイといただいたのですが、お料理も大変結構なものでした。そもそも正規のお客さんじゃないし食べるつもりなかったので夕食済ませていったのですが、あんまり美味しそうだったし、勧めて頂いたので結局食べちゃったんですがホント美味しかったですよ。JUNJUNさんごちそうさま。 熊坂さんは前にソロを聴いたときよりも、ずっとずっと良くなっていました。タッチが個性的になっていて、やっぱり万久の遺伝子を受け継いでいるのがわかります。「ラ・クンパルシータ」のヴァリエーションとか一緒なんですね。でもヴァリエーションで終わらないところは先生のMyackさん流だし。レパートリーも万久ものと独自のものがあって面白い。 藤木さんはもうちょっとマイクの音量を上げても良いかと思ったけれども、やっぱりシャンソンはフランス語で歌うべきだと思わせるしっかりした歌で聴いている皆さんも好感を持たれたようです。 終演後、アコーディオン弾く熊坂さんを先頭に中野駅までみんなで歩いて駅前でも演奏。帽子を置いたら通りかかったかたから投げ銭を頂いたりして。 「こんどアコーディオン持ってくるからセカンド弾かせてください」とずうずうしくもお願いしちゃったから、次の中野までに「ビア樽」とか「つばめ」とか弾けるようにしなくちゃと強く決意したのでした。 いや、楽しかった。行って良かったライブでした。もちろん帰ってから仕事の続きをしたのですが。

DJもどき、ドンブラ体験

2005年07月11日 14:36

朝からお仕事。イベントの音響係で前にも似たようなことがったのですが、開場後開始前の場内音楽を勝手に選曲して(任されてともいう。皆さん興味がないので誰も何も言わない状況)流しました。 Durutti Column: Sketch for summer Bruno Coulais: Les Choristes Glenn Gould: Aria from Bach's Goldberg Variations (1955) 小澤征爾:花のワルツ(バレエ《くるみ割り人形》より) Cello Ensemble Saito: Aubade (Jean Francaix) Royal Phil. Orc. cond. by Sir Thomas Beecham: Summer Evening (Delius ed. & arr. Beecham) という選曲。これも一種のDJでありましょう。イベント中のマイクやプレゼンテーションソフト、ビデオの音量調節が本来の仕事で、最後に「夏の夕べ」は終了後、退場時の音楽としてならしましたが、これもついでです。 夜は、まだまだ農繁期まっただ中でしたがライブハウスへ。もはや追いつめられているので仕事持参であります。ライブ前、1部と2部の間も仕事を続けます。あきらかに変な客なんだけれど、初めて行った中目黒の「楽屋」さんは普通にゆったりテーブルが配置された御飯屋さんなのでラッキーでした。 ライブは2部構成で、最初が日本人によるアフガニスタンの音楽でした。編成はルバーブという弦楽器とタブラ(もしかすると他の楽器も。座っての演奏なんでよく見えなかったんです)、それからバイオリン。バイオリンは立川のアコーディオン喫茶「かるふーる」で聞かせて頂いた宮崎響子さんでした。この日のライブも宮崎さんの紹介だったのです。これに曲によってヴォーカルが入ります。 ルバーブって、なんかタルトに入っている野菜みたいな名前だと思いましたが奏者はラバーブと言っているようでした。これはメロディー楽器で、コードを弾くことは無いようでした。ネックの横にいっぱい糸巻きがあるのは共鳴弦のためのようでしたが、あんまり共鳴(さわり)の音は聞こえませんでした。ネック上にスチールのドローン弦が張られていたのもあんまり聞こえず、旋律楽器として鳴っていたので「この曲をエレキギターで弾いたらサーフロックになる」というMC通りのとらえ方で鳴らされていたと思います。 アフガニスタンの音楽は基本的に単旋律で歌もルバーブもバイオリンも全部ユニゾンで聞こえていました。ルバーブのソロのときは、バイオリンも打楽器のように弾いていました。 はじめの方に「宮崎響子さんのバイオリンソロをフューチャーします」とルバーブ奏者の方が紹介されて始まった曲がありましたが、あのソロはアフガニスタン音楽の約束とは違っていたんじゃないかしら。やっぱり宮崎さんは溢れる対旋律の人だからか。でも、それがかえって良かったと感じられました。昔ラヴィ・シャンカールとメニューインの即興のレコードがありました、あれもメニューインはクラシックのシステムで演奏していて、それが良かったんだと思うんですね。そういうものです。日本人が律儀にアフガニスタン音楽をなぞるのでは、フランスでのアニメ上映会で主題歌を日本語で合唱するオタクの皆様のような違和感が消え去らないのでは? 歌の入った曲のひとつが、なんとルーミーの詩で「私の花」という曲。そう思ったせいかこれは特別に良かった気がしました。ときどき出会うイスラム神秘主義。そういえば23スキドゥーってスーフィスムを標榜していましたな。 休憩のあとはいよいよ本日の目玉アイティムラティさんのトンブラと口琴です。3人で登場されて、カザフキスタンの人はなんと日本人に似ている、せんだみつおとコミックナポレオンズの人みたいだと驚愕したのですが、後のふたりはお弟子さんと留学歴のある日本人演奏家のかたでした。アイティムラティさんはもうすぐ帰国されるそうですが日本在住の方で「冗談がいえるほど」日本語がお上手です。それでも「これから口琴で十曲やってみたいと思います」とおっしゃって、?となりました。実は即興演奏で「自由曲」だったのですね。口琴も歌もホーミーすれすれの共鳴が命で、2弦リュートのトンブラも通奏低音のように1弦が響く上を旋律が乗るスタイル。もちろん歌とトンブラの旋律はユニゾンです。口琴のソロはワウワウを通したエレキギターのようで「これはグルグルの『エレクトリック・ふろっぐ』!」というスペイシーな音楽でした。1部のルバーブの演奏で同じ旋律を倍の譜割りで(四分音符なら八分音符に割って)弾くときに音量が下がるので、これはアジア的なスタイルなのかと思ったのですが、アイティムラティ氏は同様のことをするときにここぞと音量が上がっていました。全体にメリハリと力強さを感じる音楽です。そして響き。単旋律の音楽の方が個人の力量が必要なのでしょうか。ハーモニーの力を借りれば天才はいなくても高度な音楽が可能なのでしょうか。なんだか近代を感じます。 MCでカザフスタンは世界で9番目の面積があること、1500人の人口なのに旧ソ連の原爆実験で120万人の犠牲者がいることが語られました。それって人口の1割近くではないですか。もしかして僕だけかもしれませんが知らなかった。実はロンドンのテロのことを約1日知らずにいて結構落ち込んでいて、やっぱりテレビを見たり新聞を読んだりしないといけないのかと思ったのですが、もっと大変なことでもどうせ知らされないことはあるので、テレビや新聞の偏見から身を守る方が大きいのかもしれないと思い直しました。 カザフスタンの音楽は声と弦と口琴で完成された素晴らしいものですが、おそらく現代のカザフスタンの人にはものたりないのでしょう。きっとコールドプレイも聴いているのでしょう。僕たちも完成されたシステムの西洋の音楽を学びましたが、やはりそれだけでは足りなくなっています。ライブの最後に全員のセッションで日本のうたが演奏されるのを聴きながらそんなことを考えていました。

ライトノベル序説

2005年07月10日 23:07

この日も農繁期まっただ中で仕事は待ったなし。にもかかわらず『涼宮ハルヒの動揺』を読了。食事中に仕事はできないけれども本は読めるからね。これでハルヒのシリーズは『暴走』を残すのみとなり、読む順番が刊行順とここで逆になってしまって、前巻の内容が仄めかされているので、図書館で借りて読み続けているんですが、いっそのこと書店で買ってしまおうかと一瞬考えてしまう。そのくらいに面白い。あと文章が実にイキがイイ。活きが良いというよりイキがイイっていう感じ、ただし賞味期限短めみたいなって叫びたくなる。実は男の子の一人称で「俺」な小説は『狼男だよ』以来苦手な俺だが馬鹿な男の浪花節てなもんで、良い物は良いのです。『暴走』を僕の前に読む2人の人に早く読んで頂きたいものです。早く来ないかな。 ライトノベルは、おそらく莫迦にされているというか差別されている。僕も「それ、子供が読む本でしょ」と言われたりして、基本的にその通りなので「おっしゃるとおりです」と言うしかないのだけれども、そもそも氷室冴子の『クララ白書』から読んでいるし、SF者として新井素子をチェックすればこれまたコバルトだし、「まんが家満里奈シリーズ」の第1巻はヴァネッサ・パラディを日本に紹介した嚆矢であり、そのときにパラディスと表記したのは、おそらくデュラスが日本に紹介されたころはデュラであった伝統を踏まえているのであろう、ヴァネッサ嬢の初期のテレビ出演で司会者がパラディスと紹介しているビデオもあるしなんて蘊蓄も傾けられる。そのころは、SF的ライトノベル(ジュブナイルと称した。あるいは少女小説、もしくはソノラマのやつ)は漏らさずチェックの体制で、とり・みき画伯のイラストも素晴らしい『彼女とストンプ』とか、大原まり子!大原まり子!大原まり子! ああ『コスモス・ホテル』特に「若草の星」は良かったなぁ! なんて、いくらでも盛り上がれます。でも90年代はやっぱりSFって読まなくなるのです。 それ以降は小林めぐみを「発見」したのを唯一の例外に、その辺も読まずにというかなくなった気がしていてファンタジーは山ほどあったのに食指が動かずにいたのですが、この2,3年はどんどんラノベを読むようになりました。なんとなく書店で平積みになっていたゆうきりん(さてなんでしょう)や、全くライトノベルなどない書店に、それだけが置かれていた乙一(棚を作ってた人のメッセージを感じて立ち読みしてみたら大当たり)を入り口に、マリア様も見ているし、まぶらふし、撲殺天使も降臨、自動的、その流れ(動物化のヒトのお勧めライン)で nishiOishin 。最近森博嗣の S&M 全10冊をめでたく読了し、短編集の番外編を読んで『四季』に挑みつつあるのも、新本格絡みからではないのです。新本格はウブメ(何故か変換されない)とか流水院とか読んだけれど、ちょっといいやな感じ。やっぱり僕が好きなミステリは若竹七海氏に、最近では米澤穂信が良いですね。後者はラノベに入れる人もいるかもしれません。新作出たんですよ。もう図書館に来ているので水曜日に借りに行くのが楽しみです。他には金色のネズミ、ウフコックのアレが圧倒的か。最近の収穫はぴよぴよさん、ぺとぺとの紅顔の美少年木村航。処女作もついに読んだから、後は新しい『帰ってきたペとペとさん』を待つばかり。 とにかく読むべきでないものを読むのは少女マンガ読んでたから、どってこたぁないし、お墨付きなんかなくても面白いもの読んじゃうのは、小学校で『ブンとフン』(初版のかなりガタガタな本)が猛烈に回し読みされたり、中学校で筒井康隆がブームを起こしたりしていたのと同じで、おそらく何の権威もなかったのは確実です。もっともツツイスムには山下洋輔の強力な援護射撃があり、エッセイでツツイストに「マグロマルとは何か」と質問して知識を確認し合う亜ピソードなどに影響を受けているに違いないのです。この文章も、その流儀すなわち仲間を峻別しつつ部外者を引き込もうと書かれています。 大量に出版されているのがラノベが面白い理由のひとつなのは確かで、幾つかも出版社が複数のシリーズで毎月何10冊と(とりあえず2005年7月は80冊以上)出ているのだから、傑作がでない訳はないのです。1年間で翻訳されるフランスの現代小説って何冊なんだろう。 この世界では、文庫本のシリーズのことをレーベルと呼び、書物をタイトルと称します。もうこれってCDと同じノリですね。レーベルの個性が非常に重要視され、作家よりもレーベルで作品を選ぶ読者も多いようです。イラストレーターが重要視されるのも、ジャケットやプロデューサー、セッションマンでCDをチョイスするロックの世界と近い。その辺も、妙に良い気分です。 結局、現代の空気を吸うために読んでいるのかもしれません。僕だってシェイクスピアやゲーテよりも素晴らしく面白いというつもりはないし、もしかすると、「まぶらほ」の最新刊を読むよりも『幻滅』をもう一度読むとか、結局『チボー家の人々』読み終えていないじゃないとか思わなくもないのですが、それでもドクロちゃんにはもう会えないのかと胸を痛めるのはキャラクターが異常に立っているからばかりではなく、オーソライズされていないジャンルであったパルプSFからアメリカ文学の本流と成り上がったカート・ヴォネガット(ジュニア)がいうところの: 「人生について知るべきことは、みんな『カラマーゾフの兄弟』の中に書いてある。だけども、それだけじゃもう足らないんだ」 ということなのではないでしょうか? (しかし人生について知るべきことはいろんなところに全てあるものですね。幼稚園の砂場で学んだことは、気がついたときには火のついたベッドに寝ていたときにも役立つのでしょうか。『カラマーゾフの兄弟』には書いてありそうな気がします。)

シャンソンのベレポック(産経学園大野修平先生御講座)

2005年07月09日 22:19

午前中は住まいの集合住宅管理組合理事会。持ち回りの理事なのです。3時間中、出席確認で「ハイ」と言っただけ。エレベーターケージ内部保護カバー汚れたのでどうましょう美観のためいっそ取ってしまいましょうか取ってしまうと配達の人の台車とか腰に付けた物で傷が付くからそれはだめという議論で、「腰に付けた物」ってなんだろうと思って「きびだんごですか?」と叫びたくなったけれど、皆さんあまりに真面目でそんな雰囲気ではない。 実は管理運営上の意見として、土日だけ管理人が違う人で玄関ロビーのBGMが平日と違うポピュラー系なのをクラシックに統一して欲しいと要望だそうかと思ってたんだけど、もちろんそんなこと言えませんでした。社会とのギャップを感じてしまうま。ま、いつものことといえばいつものことですが。 午後は大野修平先生の銀座産経学園講座「シャンソンのベルエポック」。トレネ晩年をピアニストとして支えた Roger Pouly 氏のCD Airs de ParisQuartiers de Parisの紹介(これがピアノソロでラウンジ風、カクテルピアノのお手本のように格好良い。ああいうんなら玄関ロビーに流してもいいんだけれどな/結構こだわってます)、先生の新刊『シャンソンで覚えるフランス語(3)緑犬篇』の紹介(巻名は本当ではないですよ)、講座が小学館の雑誌「サライ」13号銀座特集の記事「憧れの街で、学ぶ 習う 楽しむ」に取り上げられたこと(取材時に写された写真に僕も小さく小さく写ってます)と、盛りだくさんでした。 もちろんメインのシャンソンもあり、ジョゼフィーヌ・ベイカーの「かわいいトンキン娘」、ベラールの「夢は過ぎ行く」が取り上げられました。「かわいいトンキン娘」意外に重層的な意味を持つのかもしれないと思ったり、ベラールの曲に100年前のナポレオンの反映を感じたり勉強になります。やっぱり昔の人には100年前ってリアルな「つい最近の出来事」だったのでしょう。現代ではいろいろなことがありすぎて、もう100年前の日露戦争なんて聖徳太子と変わらないような歴史上の遠い過去ですが。なんて、僕だけかな? 最近農繁期でだめだめだと思ったのは、講座終了後、受講生の方に「トンキン娘」の歌詞で le p'tit z'oiseau となっているけれど z は何ですかとご質問いただいて、答えられなかったことですね。後で考えると、それは間違ったリエゾンというやつの一種で、確かに母音の連続は避けられるけれども、本来ないZを読んでしまっているという、いわゆるビロード le veloursという現象なのでした。「ええと、デゾワゾーのゾの亡霊なんですが、、、」とかしどろもどろなことを言いましたが、あれではなんのこっちゃ?だったに違いなく日々是反省。しかし、なんでビロードなんだろう。存在しない t を読んじゃうのが皮 le cuir なのも謎だし。世界は謎に満ちてますね。

見物聴物(草間さん、チンパン探偵)

2005年07月08日 23:47

草間彌生氏がテレビに出てるのを見てしまう。昔からとても怖い。作品よりも先に工作舎から出た最初の本を読んだのがいけなかったのか。怖いです。怖いよう。 彼女の故郷松本の市立美術館には前庭に巨大なオブジェがあり、タクシーで通りかかって、ちらっと見て驚愕しました。運転手さんに「あれ、怖くないんですか。みなさん平気なんですか」って訊いたら(よく考えると結構失礼)、「立派な芸術でしょう」と軽くいなされました。タクシーの運転手さんって大人ですよね。免許持ってるんだから当たり前か。 「愛はとこしえ」という草間先生のメッセージと、 「やるのとやらないのとはまるで違う」というビート氏の言葉がちょっと胸にきました。 二人とも当たり前のことを言っているのになんで迫るのでしょう。 かたや微動だに(瞬きも)しない、かたや落ち着きがないと芸風(!?)は正反対なのですが。 そういえば子供の時家にあった日めくりカレンダーに「やってしまえばやれることをやらずにいるから悩みとなる」というのがあったなぁ。あのタイプの毎月同じ日に同じ格言の出るカレンダー最近見ませんね。「レーイディー・ボーデーン・さ~いき~ん・見な~いねー」という失礼な歌もありました。中村一義ももうすぐデヴュー10年。犬と猫の雨が降ると梅雨も終わりです。 図書館に注文したCD『ファンタスティックパーティー』が届いてて、引き取って聴きました。 一度聴いて気が済んだというのが正直な印象。「ジョー90」とか普通にロックだったのが意外。ピアノじゃなくてコンボオルガンの4リズムと歌。コーラス。「謎の円盤UFO」はBSTばりのブラス・ロックだったりする(それは言い過ぎか)。「スティングレー」と「フリッパー」は記憶通りの少年合唱。「フリッパー」の「ぼくのフリッパー/海の底深く/消えていく/その影」というのは不吉な印象があって記憶違いだと思っていたのに、それもそのまんま記憶通り。『グランブルー』ですね。 一番聴きたかった「チンパン探偵ムッシュバラバラ」の声がいわゆる「ケメコ声」だったのが本当の記憶違い。残念! 僕の記憶の中では「宮地おさむ」のような太い声だったのに。 結局「スペース1999のテーマ」を聴いて上條恒彦の偉大さを感じたのでした。編集者もそう思ったのでしょう。CDのトリでした。

アコーディオンレッスン・貰ったチケットのコンサート

2005年07月07日 23:46

今日は金子先生のアコーディオン・レッスンでしたが、当方農繁期で時間が取れない上に立川での演奏をmp3に落として聴けるようにして頂いたのを聴いてしまって練習欲やる気レスで、はて、これでレッスンを受けて良いのかという惨状でした。パリ空にもクンパにも挑戦していないので辛うじてさらってある「サードマン」を弾こうとしたもののへろへろ。仕方なく As time goes by を弾くと、これまた惨憺たる出来で、やりなおしになりました。一度上がっていたはずなのに…。。。 7月になって季刊10周年を迎えたアコーディオン・ジャーナルをいただきました。僕の本体がコンサート評を書いているのです。そこではなんとなく現代音楽専門というキャラが固定しつつあるのですが、それはさておき先生にお教えした500円DVDからネタがたくさん拾われているのが嬉しい限り。でも一番ぶっ飛んだのは編集喫茶室(編集後記)に万久先生がお書きになった「氾濫する情報に眼を配ることを怠ってはいられないがテレビにひきずり込まれない、夜12時前のNews・ Japan滝川クリステルのひとときだけは見て床につきます」。先生元気だなぁ。美人チェックに抜かりなし。 夜は昨日貰ったチケットで池袋芸術劇場へ。フィンランドの室内オケと、奇跡のピアニスト。武満の映画音楽のワルツと、チャイコフスキーの弦楽セレナーデ(オー人事のアレですね)が曲の良さで印象に残りました。それでも明日は御礼を言うよりも「ちゃんとコンサート行きましたよ」と頂いた相手に言うだろうと思います。現代曲は難しい。アンコールもフィンランドの現代曲でしたが、ちゃんと調性がある曲で、やっぱり調性があると安心して聴けますね。 貰ったチケットに関係して、関西弁に「貰い乞食」という言葉があるのを思いだしました。「クレクレタコラ」というか「おねだり猫」というか、そういう人は僕が子供のころはそう言われて尊敬されなかったものです。ちなみにものを拾うと「ひらい乞食」と言われました。「らい」が合わせてある繊細な言語感覚であります。 コンサート後は名店ブラセルズから独立した人のベルギービール専門店に行ったのですが、やっぱり一人で切り盛りする限界を感じる営業でした。フードメニューが弱かったり生ビールサーバーが一種類しかなかったり。ヒューガルテンの白生はおいしかったし、95年のフェスティヴァル・春のポスターを見て、あれから10年かと懐かしめたのは良かったけれども。ねぇ、レリタミツコが日本に来てから10年なんだね。

チケットを貰った

2005年07月06日 15:25

昨日ピンフロ話をした同僚に「後で考えてみたら僕は中学生の時からああいうことを言ってるんだ。人間って変わらないね」と話す。ロックを聴いて幾星霜、さすがにピンクフロイドのデビューからは聴いてませんがお付き合いは長い。同僚は僕よりも若いけど、ライブエイトのセットリストを知りたがる程度には、ピンクフロイドが好きだし、「昨夜仕事をしながら i-pod を使っていたら wish you were here が流れて昼間話題にしたところだけに余計に良かった」とも。「どっちの立場で聴くの?」と思わず突っ込む。「どっちの立場にもなれるのがヤヴァイ」なるほど。 僕らの話を耳にして「ピンクフロイドだったら俺に任せろ。聞き捨てならない」と乱入する御仁有り。曰く「ピンクフロイドはロジャーウォーターズとデイブギルモアはお喋りだけれどもリックライトとニックメイスンは寡黙だ」「そもそもはシドバレットが居たけれども××になって死んだ」「一番良いアルバムは『エコーズ』」センスないなぁ「豪華ドラムバトルただしニック・メイスンVSダグ・クリフォード(CCR)みたいなっ」位のことは言ってよと思いつつ「『エコーズ』ってこの間出たベストですか。あれは何故か良いですね」と話を合わせるが「そんなものは知らん。高校2年でウィーンフィルに出会ってロックは聴かなくなった」ととりつく島もない。そうかカール・ベームそんなに良かったか。たしかにあの日本公演は多くの信者を作ったのね。それで反射的に「エコースが入っているアルバムはオプスキュアド・バイ・クラウドですよね」と嘘をついてみるが、それでも無反応。それからも「ウドーのコネがあるのでストーンズを聴けると思ったけれどミック・ジャガーが逮捕されたので来日がキャンセルになった」「キース・エマーソンが後楽園でシンセサイザーにナイフを投げた」など楽しいロック談義は続く。パラレル・ワールド。 そんな楽しい職場ですが、今日はクラシックのコンサートチケットが僕の所に流れ着きました。どうも到来物らしく「私は行かれないし、~さんにも声をかけたのだけれども」というお話で、いかにも下流気分。この場合「チケットを貰う」から借りになるのか「代わりに行ってあげる」から貸しになるのか不明ですが、けっきょくニュートラルなのだと思います。思えばニュートラルに生きることが人生の目標でした。そういうのって、どういう高校生だろう。 コンサートって思い入れて行くことも、出会いで行くこともあるけれど、ニュートラルに行くのも良いものです。流石にコンサートはコンサートなので嫌なことはないのです。明日は楽しめるといいな。(ここまでは午後に書きました) 夕方、仕事で池袋へ。まるで明日の下見のようです。zozoï というカフェを発見。やっぱりフランス・ギャルのファンがオーナーなのでしょうか。

ライブエイトおよびセレブリティ考

2005年07月05日 20:40

職場で同僚に「知ってる? 今度のライブエイトでピンクフロイドが再結成したって?」と話しかけられ、「それってロジャー・ウォーターズとディヴィッド・ギルマーが共演したってこと?」と返事。「20数年ぶりらしいよ」というんで「ありくい2号がステージに立ったのか」と感想を述べると「それ誰?」と当然の質問なので「ほら、ロジャー・ウォーターズってアリクイに似ているでしょ? だからアリクイ2号」。「素朴ですね」と言われてしまう。英語にするとナイーヴだな。それって褒め言葉? じゃないよねぇ。でも、めげない僕。「アリクイ1号って誰だと思う?」。正解が返ってきても困るな。と、思いつつ「トッド・ラングレン!」「意外な共通項があるんだ」と、一応受けたのでホッとする。日常会話に受けを求めなくても支障はありませんが。 どういう職場なんだというご心配には及びません。たぶん他のみんなはこんな会話をしていないっていうか、今日の同僚だってほかの人とは普通に喋ってるみたいだし。しかし僕のこういう発言って中学の時と全然変わっていない。われながらどうかと思う。進歩ない。 ライブエイトに関しては、ヴェルサイユで見た人のウェブロウグの、ゴスファッションのキュアーやプラシーボのファンが暑さの余り倒れてたとか、シャキーラが胸だけグルグル回す技を披露していたとかいう報告が印象に残りました。特に後者celle-ciは是非とも見てみたいものです。どっかに無料動画ないかなぁ。グルグル。 職場で人がいなくなったので、ラジオ聴きながら仕事してるとバンジャマン・ビオレーの、おそらくはちょっと前の新作『ロリジン』の曲。おそらくというのは、これ、まだ買ってないからですね。でも、とてもいい。バンジャマン君はセレブファミリーと縁組みしちゃったし、通販カタログのモデルするし、セレブ指向でいやになっちゃうよと、ヴァンサン・ドレルムがいっているそうですが、僕は家にそのカタログがあるのもなんだかで結構セレブ指向に理解というか共感してしまう。ヴォーグのパーティー紹介のページに載るのが夢だったりする。7月14日のフェットナショナルに溜池に呼ばれるとか。ヴォーグ・ニッポンがはじまったとき、あのコーナーが無かったのが悲しかった。あれば人生の目標が、もっとはっきりしたのに。 とりあえず、このブログだけでも、もっともっと沢山の人に見て頂きたいものです。実は毎日頑張ってというかポリシーを変更して、なんでもかんでもがむしゃらに日記を書くようになってアクセス数が上向いていて、もしかして今月中に10,000アクセス? と盛り上がる反面、それでも誰も読んでないようなものだなぁと、しみじみ考えたりしているのです。大切なあなたが読んでいてくれれば、それでいいのだけれど。二十億光年の孤独。最新のデータだと137億光年か。 セレブになりたい。そうすれば日本のライブエイトでも特別席からビョークが見られたりするんじゃないかしら。急性の病気みたいだけれど、どこから伝染ったんだろう。あそこか。(アップ後に少し修正しました)

ビーバー小父さんが

2005年07月04日 02:24

夢のおサカナの話にこだわるのは、フロイト的夢判断に自信があるからだと思ったら、 あの親父ネタしこんでやがったのか。 当ブログ最新(7月5日未明時点)のコメントをとくとご覧じろ。もう脱力しちゃうから。 それが書きたかったのね。自分ちより芸風が強いじゃない。ていうか、最近の向風氏はマジモードだから、こういうおちゃらけはホームグランドではやりにくいのかしらん。そういえば以前のメーリングリストでも結構暴れていたし、伝説の「ポップフランセーズの30年」も別人格ぽかった。以上向風三郎論序説。對馬敏彦氏を「これほどきちんと語ってくれる人は日本で」僕「だけだね。」(サナエモンさん無断引用ごめんなさい!) でも、大変感謝しております。こんなブログで良ければ存分にお使い下さい。ただ、コメント欄が目立たなくてご免なさい。あと、もはや僕の先生は僕とテュトワイエしてくれないんじゃないかと思うんですけど。 以下日記:農繁期まっただ中。ひたすら10時間くらい働いたら反動で「剣客春秋」第2巻を読了してしまう。1,3,4が図書館にあるのは確認されたけれど取り寄せて読むほどかは微妙。読んで損はないけれど。オークションでミュゼットCD20枚組というのを落札してしまう。送料を入れても3,500円しない。今日は、これから徹夜の予定です。さっきお風呂入って、風呂上がりにピムス飲んじゃったから微妙。

ミュゼット名曲「ジェルメーヌ」を考える

2005年07月03日 02:40

「アコーディオン喫茶かるふーる」は素晴らしい。この日が第3回で僕は皆勤なのですが、本当に「面白くてためになる」ので、たとえば「東京アコーディオン教室新宿練習会」の御同輩や、葦の「フレンチナイト」にお運び頂いたアコファンのみなさんにもお勧めしたい反面、満員になって運営に支障がでては困るので、知らせたくなかったりもして。 奇数月は第1日曜日の午後で、最初が岩城さんと宮崎響子さんのデュオがゲストでミニコンサートを行って頂いたのでした。今回はサブちゃんこと田ノ岡三郎氏で、9月は坂本さん、11月は大塚さんと豪華ラインナップですね。要するにベロラバクラス。 ミニコンサートのあとは懇親会で自己紹介があり、各自1曲ずつ披露したのですが、締めはサブちゃんと主催のくどうさんのデュオというかセッションで「サン・ジャンの私の恋人」でした。でも、そのあともなんとなく残っていたら、サブちゃんが僕のボタンアコで「ナポリのそよ風」を弾いたり(おっちゃん、なんでもできますなぁ)、会場の喫茶「はるもにあ」の店長さんも入ってのセッション。田ノ岡さん、プロなのに気軽にがんがん弾いちゃって良いの? と思ったけれども、音楽や表現を惜しまない、どんどん溢れるのが本当のプロだと実感するひとときでした。 僕的には、自分のアコーディオンを人が「ちゃんと」弾くのを初めて聞いたので新鮮でしたね。ボタンアコをされている虞先生のお弟子さんが「オール・オブ・ミー」でアドリブをどんどん決めるのに感心したり、実はジプシー・スィング・セッションのクラスがあって、そこに参加されていると伺って、やっぱり修行は必要なのだと思ったり、「ラ・クンパルシータ」の由来が話題になって、大体のことは判っていたけれどもディテールの詰めが甘いので黙っていたけれど、やっぱり知識は生半可ではゼロと同じだと思ったり(だいたいでも黙っているより良いかもしれないけれど、どうせ「アコーディオン博士」渡辺芳也さんがお見えになるだろうから任せちゃえとも思ったのでした)いろいろと有意義だったのですが、最大の収穫は「ジェルメーヌ」に関してですね。 「ジェルメーヌ」って僕が最初に好きになったミュゼットのひとつで、それはオリジナルでも「パリ・ミュゼット」3部作でもなく、ダニエル・コランの『パッション・ジターヌ』のヴァージョンだったりするんです。だからスティール・フィンガーの弟子である田ノ岡氏のレパートリーにあるに違いないと、再三リクエストしていたんですが、サブちゃん知らないみたいで不思議だったんですね。 でも、関東アコーディオン演奏交流会の北村さん演奏を初めて聞く様子は、本当に初めてのようで、「サビがマリオの音楽に激似ですね」なんていうんですよ。サブちゃん! これ本当に似ているらしい「第2ステージの海のところ」だっていうんですが、複数の確認をとりましたが、僕はわからない。正直ジェネレーションギャップです。 それからそれから、北村さんが弾いてらして楽譜は虞錫安先生のトランスクリプシォンでしたが、なんとタイトルが「ゲルマンワルツ」。そういう楽譜があるとは噂に聞いていましたが、現物を初めて見ました。ちょっと感動なのは意地悪かな? やっぱり。 あ、そうだ。僕が披露した金子先生オリジナル曲の「悲しいエンディミオン」は、まあまあでした。トリオで教わった大技を出せなかったのは悔やまれましたが、イントロとコーダはばっちりで、ちゃんとメイジャーセブンで終われましたとさ。

読みもの、聴きもの(「イザベル=関西編=」など)

2005年07月02日 00:29

職場に落ちてた『剣客春秋―女剣士ふたり』を読む。もう僕は字が書いてあればなんでも読んじゃうんです。いや、そういうときもあるんです。 少し前にリサイクルコーナーから拾って机上に転がしておいたのを、つい手に取って食事に出ました。一人の外食には本が手放せません。ほとんど何でも良かったのですが、楽しく読み進められました。実は司馬遼太郎とか面白いのはわかっているのだけれどもなんだか騙されている気分がするので苦手な僕です。いっそ堺屋太一のサラリーマン戦国小説とかは却って平気だし、吉川英治大先生は好きなのだ『鳴門秘帳』。今日読んだ本は嫌みが無くて良かった。もっとも、職場に戻って続きを読むでもなく、置いて帰っても未練がないのだから大絶賛ではないのですが。今日は読みかけの本を持たずに出かけたのでピンチヒッターではありました。あいかわらず読みかけの本は多数あります。「まぶらほ」最新刊とか。ラディゲ全集再読なんて1年以上かけてます。頻繁に部屋で行方不明になっている。 食事帰り、『インディア・ソング』の原作を書店でチェックして購入は見送り。映画のセリフと最初から違うので…。 アマゾンドットジェーピーから「イザベル=関西編=」の入ったオムニバスCDが届きました。図書館からもリクエストした「チンパン探偵ムッシュバラバラ」の入ったオムニバスCDが準備出来たとの連絡が。そういうの聴けば楽しいのは判ってるんだけど、思うところあって、ゼブダを何曲か聴き直す。ゼブダが活動を停止し、ノワール・デジールはあんなことになり、オーディション番組が始まり、3年くらい前にフランスで何かあったのかもしれないと思うんだけれどピンと来ない。でもなんか繋がっているような気がするんです。 万久師の曲の練習、はかがいきません。明日人前で披露するのにと心配。

おサカナの話

2005年07月01日 00:18

尊敬するYTTツシマ師におフレンチのボードで「どうなったのさ?『カワマス』の話,続きを待っていたのにさ...。」なぁんて迫られてしまった。 自分の文章を引用するのもアレですからかいつまんで説明すると6月4日の当ブログに、意味ありげな夢を見たので続きをみようとしたけれど、文字通り失われた夢は帰らないって話を書いたのです。夢の内容は、レストランで恩師と邂逅というか再会して「カワマス」という謎の魚を半身ずつ食べることになるのだが、どうも恩師はよろこんでらっしゃらないという代物。 それにたいして、對馬御大にコメントを付けて頂いたのです。以下引用: 投稿者:pere_castor 2005/6/11 2:01 川に住む爺だからわかるのであるが,それは"TRUITE AU BLEU"という料理である。フランス料理の古典中の古典で,カワマス(トリュイト)というと,日本人はね,どうしてもスライス・アーモンドをまぶした"TRUITE AUX AMANDES"(トリュイト・オ・ザマンド)の方が好きなんだけどね,通はやっぱり活きの良さが勝負の「オ・ブルー」に手が伸びますね。生きているやつを水槽から出して調理するというレストランが良いですね。(中略)よいですか,かっち君,夢でトリュイトというのは,なんか深いですよ。(再び中略)近頃疎遠になっていた師匠とおさかな・オ・ブルーを半身ずつ分けるはめになる。その昔お師匠さんのお弟子さんの中で娘さんがいて,その女性をふたりで取り合ったような過去がありませんか?また,取り合わなくても,先生はなんとなく自分と女性関係でライバルになりそうなことを疑ったことはありませんか?/白状して楽になりませんか?(引用終わり) なるほど親分は、自分の読みが大当たりで僕が告白するのを待っていたのか(チャーリー・ブラウン風タメイキ)。でも全然そんなことないのですよ。まず僕の恩師は仏語学者で(僕が仏語専攻でないのはどういうわけか。いやそんなものか)当時仏語専攻者は毎年1人いるかいないかで女性は皆無でした。 それにこの夢は冷静に考えると分かり易すぎたんですね。疎遠になった先生と出来れば仕事でもシェアして認めて貰いたいという閾下の意識が出ちゃってるし。カワマス君が登場したのは、少し前にラ・フォンテーヌを読んだからタンシュ「カワ『カ』マス」だのグジョン「カワハゼ」だのが脳裏に残っていたのでしょう。トリュイトって日本的にはニジマスですよね。あるいは「トラウトフィッシングインアメリカ」とか「トラウトマスクレプリカ」のアメリカ鱒ですね。恐ろしいことに僕の鱒料理のターフェルムジークはドン・ヴァンさんのマジックバンド。ロケーションは日光金谷ホテルダイニング・ルームだったりして。そういえば問題のフランス料理はこんなの? それともこれ? やっぱり日本人にはバター醤油味のこいつですな。 ほらね、続きは碌でもないでしょ。夢の続きと虹の根元は追ってはいけないのです。



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