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向風三郎来日

2009年05月07日 14:40

僕にとって、世間のいわゆる黄金週間は、29日のアコーディオン教室の発表会で始まりました。翌日の木曜日は休日でしたが、腑抜けてしまって無為に過ごし、5月1日はメーデーでしたが日本人だから普通に働いて、翌日も仕事(僕は土曜日が勤務なので終日の木曜日が休日なのです)。要するに連休前半をアコーディオン発表会とその余韻を感じて過ごしました。

後半は、向風三郎ウィークでした!

まず、トークショーが2日の夜にありました。

「音楽夜噺」第35夜(2005年より都内の各所で開催されてきた、音楽の現場の人々によるトークイベント「音楽夜噺」がUPLINKに初登場。30年に渡ってパリを拠点に音楽ジャーナリストとして数々の文章を日本に送ってこられた向風三郎さんをお招きします。ヨーロッパにおけるポップスの拠点であると同時にアフリカ/アラブの音楽の世界への発信基地でもあったパリで暮らしてこられた向風さんの語るポップ・フランセーズの30年。聞き手は、向風さんとも長い付き合いで「音楽夜噺」には初登場となる松山晋也さんです。)
ゲスト:向風三郎(音楽ジャーナリスト)
聞き手:松山晋也(ライター)
日時:5/2(土)18:30開場/19:00開演
料金:¥2,000(1ドリンク付き)
場所:アップリンク・ファクトリー(〒150-0042東京都渋谷区宇田川町37-18 トツネビル1F tel.03-6825-5502)

僕には向風三郎こと對馬敏彦a.k.a.カストール(海狸)爺がポップ・フランセーズの師ですから、とうぜん駆けつけましたとも。
向風三郎(右)松山晋也(左)よくわかるフランソワーズ・アルディ
トークショーは音楽評論家の松山晋也氏が進行され、向風師は持参のiBookを駆使されレジュメをプロジェクションしつつ2時間強で22曲もの曲を紹介しての大車輪でした。「全部独りでやってますから」と、ぼやきつつも、もちろん大いに語り、「喋りすぎてます」と言っては曲に移るスタイルでした。途中で映画『グランプリ』の1シーンも紹介されました。

僕は、ポップ・フランセーズの鳥瞰図的なものを予想していて、はたしてそれが1夜で語れるかスリリングな思いで臨みましたが、実際には「もう森へなんか行かない―フランソワーズ・アルディとフレンチ・ポップの40年」と題され、昨年自伝が出版されたアルディーに焦点を絞ってのお話しでした。現在発売中の雑誌「ラティーナ」連載「 それでもセーヌは流れる」第15回「アンニュイを生きる、フランソワーズ・アルディ」とご自身のウェブログのここしばらくの記事(アルディの自伝を語りつつ爺の個人史を繙く「もう森へなんか行かない 林もアルディよ」2月17日、ベルジェとヴェロニク・サンソンがイェイェの終焉を告げたとのアルディの証言を伝える)「ヴェロニク・サンソンを(もっと)抱きしめて」2月23日、バシュングの訃報がアルディで終わる「アラン・バシュングが亡くなった」3月14日、アルディ出演の映画『グランプリ』製作当時のフランソワーズ・アルディーの立ち位置を検証する「しらんぷり」3月31日、フランスにおけるブリティッシュ・サウンドの影の仕掛人の発掘盤を紹介しつつアルディのサウンドにも言及した「イギリス人は利口だから水や火などを使う」4月18日)で語られた「フランソワーズ・アルディ漬けの日々(「しらんぷり」より引用)の成果でした。

昨晩は師を僕の地元にお招きし、かつての「東京ヴァリエテ倶楽部」の残党で囲んでのお食事が出来、その後で拙宅に皆で流れて話し続けて、この連休を終われ、実に有意義に感じています。僕は今日も木曜日なので休日ですが、余韻を楽しみつつ特に何もせずに過ごす予定です。今頃、向風師はパリへ向かう空の上でありましょう。Bon voyage!
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ずっと夢をみてた 今もみてる

2009年05月04日 10:23

キヨシローが亡くなった。
それ自体は、本当は関係ないはずなのだけれど。
日常的に接しているわけではないからね。
音楽的にも完結したひとという印象があったし。
いってみればシド・バレットの訃報を聞いた印象に近い。
イアン・カーティスとか、エリオット・スミスのような死とは違う。
それでも、喪失感はそれなりにある。

いつものように追悼のテレビ報道を見てしまって違和感を覚える。
RCは最初からロックバンドだったのか。
一貫した反骨のカリスマ、立派な忌野氏なんて知らないよ。

「スロー・バラード」が最初にシングルになった時に、北海道のDJがやたらと入れ込んで毎週かけていた。関西に住んでいたのに、どうしてそれを知っているかというと、日曜日の深夜は日本中のラジオが放送を終わってしまって、それしか聞こえる番組がなかったから。だからといってヒットはしなかったしレコードは廃盤。あのときにRCにアツくなった人は他にもきっといると思う。「雨上がりの~」ころには嬉しかったけれど、なんか醒めていたのは僕と同じだったんじゃないかな。それはキヨシローもそうだったのかもしれない。

「僕の好きな」キヨシローのベスト3
「宝くじは買わない」:テラ銭取られるのがシャクだからではない。
「ひとつだけ」:「SEIJO,ダンシング・フェローズ〈卒業篇〉」でも有名(?)な矢野顕子の曲のカヴァー。「へんヨイ」のイベント。音源は教授のラジオ。これ、リアルで聴きました。「オイラのこと、すぐに呼び出してイイゼ」呼び出して来ても怖い猿の手。
「デイリームビリーバ」:猿繋がり。

歓喜の行方

2009年05月04日 09:33

4月29日はアコーディオン教室の発表会でした。3月24日に「発表会近づく」というエントリーで告知した発表会でして、「音楽センター柴崎教室第3回発表会 Freude mit Akkordeon」であります。

すでに、告知ブログご来場の御礼メッセージがアップされ、このブログやウェブサイトでお世話になっている木苺茨さんにもお越しいただき、ご自身のブログ空亡剤-solanax-「音と造形に表れるもの」と題しての感想をアップして頂きました。

くどうえりさんの「せせらぎ 木漏れ日 そよ吹く風」でも採り上げて頂き、金子万久先生の教室で同門だったshihoさんもいらしていて、彼女のユニット「からし種キャラバン」のブログに記事が載りました。今はちょっとお休み中の柴崎教室生foohtaさんのブログ「びたみんAcco」にも。

教室生の「かなかな」さんが東京でアコーディオンのブログを書いている人がほとんど来たのではないかとおっしゃっていましたが、236席のホールで開演時に約100人のお客様を数えましたし、延べでは150人あまりの入場があり、教室生、スタッフや関係者が40人ほどですから、ほぼ席が埋まった印象がありました。会場も内容もだんだん良くなっているのは嬉しい限りで、今回の角筈区民ホールは4月に改装してリニューアルオープンしたばかりでとても気持ちよく、新宿区民として抽選に赴いた甲斐がありました。来年はもう一度角筈か、牛込箪笥にグレードアップか。ランクを上げるとキャパは150人増えて客席が寂しくなる心配があるし、料金も5割近く増えるので難しいところです。

自分の演奏を振り返ると、出来るだけのことは出来たという満足感と、出来ることしか出来ないことへの不満が交錯する複雑な心象になりますが、ある程度自分の状況が見えるようになったことが一番の進歩かもしれないと考えています。

デュオPrima!の相方Mnoさんに第一に感謝。そして、もちろん柴崎先生、家族友人をはじめ、聴きにきて下さった皆さん、僕の音楽生活を支えてくれているすべての人たちに感謝と御礼申し上げます。





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