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『幸せはシャンソニア劇場から』総括

2009年09月28日 22:50

8月2日に「幸せはスイーツ(笑)から」と題したエントリーを書きました。近所のパティスリーがいかに素晴らしいかという話と、『幸せはシャンソニア劇場から』という映画が日本でも公開されるらしいよという話の、2題話でした。

nabochaさんに、すぐコメントを戴きました。自分で言ってどうするって感じですが、当ブログでは珍しいことです:

ご紹介いただきありがとうございます。
この作品、かるふーるで初めてちらしをみたのですよ。
9月公開では「のんちゃんのり弁」も。音楽がcobaさんです。
あ、私は世に言うスイーツ女子ではありませんよ、念のため(笑)。

この、『幸せはシャンソニア劇場から』日本では大野修平先生が自身のブログで大絶賛ですし、シャンソンとアコーディオン関係者は、好意的かつ楽しみに公開を待とうというムードでした。僕も「たぶん近所の名画座かDVDかテレビ」で見たいと思うなんて、8月2日時点では、お気楽に言ってます。

これに大物から反響がありました。僕の記事でも「我らがカストール爺は触手を伸ばさなかったみたいだけれど。」と触れた pere castor 御自身の「Ce film n'est pas bon. この映画は良くない」という強烈なタイトルのコメントです:

Ce film n'est pas bon, tout simplement.
『レ・コリスト』のバラティエだから、期待して見ましたとも。人民戦線の年1936年を全部まとめて面倒見よう、という制作態度がまず失敗のもと。前作ではジェラール・ジュニョを中心人物に据えたから、まとまっていたけれど、今回は主役を3-4人も持って来て3-4のストーリーをパラレルに展開しようとするから、散漫で、あとでジュニョって何やっていたのか思い出せないくらい。クロヴィス・コルニアックはただの不良でとても組合活動家には見えないし、カド・メラドは途中でファシストに魂を売ってしまう芸人役なのだけど、改心せずにずっとファシストでいてくれ、と言いたくなる。このコンテクストでは裏切り者に戻ってこられては困る。そして制作側が、あわよくばこの映画から「大型シャンソンスター」を生み出すという皮算用だった、かの新人女優さんね、この人全然「華」がないんだもの。大衆芸能をナメてるようなところがありますよ。

冒頭の «tout simplement» が凄いです。「要するに、一言で言ってそういうことなのだ」なんだもの。身も蓋もない。その批評眼と見識に全幅の信頼を寄せるビーバーおじさんが、わざわざこんなコメントをくれたのだから大事(おおごと)です。しかもばっちりと内容のある批評で、なんかお金の取れそうな原稿であります。ここに載せておくだけなのが勿体ないと同時に、こんな強烈なコメントを世に出したらヤバいのではないか。そう思わせる迫力があります。

それで、頑張って公開前に見ましたとも。アコーディオン協会の会報に紹介するからという口実で配給会社に便宜を計ってもらいました。もちろん紹介記事もちゃんと書きましたよ。1ページのコーナーになったので、下半分ではリスペクトレコードの9月新譜を扱いました。そもそも、これを紹介させて貰う話を先にしていたのです。リスペクトでは歌詞対訳をやっていますから、いわば自分のCDだもの。これがきっかけで次の機関誌にもジャン・コルティのことを書きます。要するに連載になりました。ありがたいことです。ていうか人生どう転ぶかわからない。
シャンソニア劇場紹介記事
この記事はアコーディオン関係者向けなので、エリック・ブーヴェルが全編で聴けて1分ほどだけれど演奏の様子も見られるのだから価値のある映画なのだよと、それだけ言っているようなものです。

実際、映画として冷静に判断できない部分があります。もうすでに公開されたので、友人知人のシャンソンやアコーディオン関係者が何人もロードショーを見に行きました。なかには初日の第1回上映で!と、入れ込んだ方もいらっしゃいます。感想は様々で、とにかくアコーディオンが出てきて盛り上がったとか、ムードに酔ったとか、筋が盛りだくさんで追いきれなかったとか。全体に好評でしたが、映画としての評価ではない気もします。

ともあれ、自分にとって特別な映画になったのは確かです。『マジック・キッチン』ほどではないにしても。
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半落ち

2009年09月27日 22:00

これは、ネット上といってもFacebookという限定された場所でのやりとりなんですが、数日前のこと、友人が「私の今日のセレクション」として、ハートの「バラクーダ」を紹介しました。「たまたま聴きたい気分になる音楽ってありますよね。今日はこれでした」というキャプション付きで。

で、YouTubeのリンクをひらいて聴いてみた僕は「もしかしてこれか!」と思ったのでした。で、僕の書いたコメントは:

これ、キメの「バラク~ダ~」が「ミッション・クレオパトラ」で歌われるのを聴くたび、知ってるけれど思い出せなくて歯がゆく思ってました。ハートか!思い出させてくれてありがとう(はーと)。

とっころが、その4時間10分後に「ノンノンノン、それ、違います、かっち。さん(と、モレシャン風に)」と斯界の権威に指摘されてしまいました。

その部分の歌詞も:

Rah! Ha!
Rah! Ha! (中略)
Alexandra, Alexandrie,
Alexandrie où l'amour danse avec la nuit.
J'ai plus d'apétit (トゥルルルッ!)
qu'un Barracuda(バ・ラ・クーダッ!)
作詞は****さんおなじみのロダ=ジルである。

と、教えて頂きました。「アレクサンドリアでは、愛が夜と踊る。私はバラクーダより腹ぺこで」。

クロクロことクロード・フランソワでした。これはスッキリaha!体験です。ハートの曲かと思った時は何となく腑に落ちなかったのが完全解消。アレキサンドリアとクレオパトラなら納得の引用であります。フランスのwikipédiaの記事にもちゃんと:

la chanson Alexandrie, Alexandra de Claude François (sur le bateau de Numérobis : « Barracuda »)
クロード・フランソワの曲「アレクサンドリ・アレクサンドラ」の一節がニュメロビスの船上で「バラクーダ」と歌われる

とありました。

こういうやりとりがあるからネットは楽しいのです。

『優雅なハリネズミ』に関する2、3のことがら

2009年09月26日 16:38

インフルエンザが流行ったために、僕の勤める教育施設が閉鎖になりました。期せずして月曜まで仕事はないし、人の多い場所に出かけることは自粛なので、ブログに書けずにいた内容を一気に片付けようかな? とか、考えています。先日、僕のブログに関して「仕事が休みになると更新頻度が上がる」と、ご指摘を受ける機会がありました。やっぱり閑居しないと悪事は為せないのです。

まずは、ミュリエル・バリベリの小説『優雅なハリネズミ』に出てくる音楽の話です。

と、言っても帯に「★ 本書を読み解くキーワード」としてあげられている「レクイエム」でも「エミネム」でもなく、作中に歌詞が引用されるヘンリー・パーセルの歌曲でもありません。

それは、早川書房刊の邦訳書211ページに、次の様に(以下引用):

「メリッサはイビサの血が混じってるから、いつもハダカなんだよね」と歌をうたってせまったのですが(中略)「ねえママ、痛いよう、どうしてもっと美男子に産んでくれなかったの?」と同じように歌で返しました。(引用ここまで)

さてこれは何でしょう。答えは2,3日したら書きますから、コメントにお答えをお待ちしております。

第53回«アコーディオン喫茶"かるふーる"»

2009年09月07日 07:06

主催者の工藤絵里さんのブログに既に報告されていますが、ひさしぶりにアマチュアアコーディオニストのサロン”かふるーる”に行ってきました。同じ名前のスーパーは日本から撤退したのに、こちらは始まって既に5年目、ますます盛況です。工藤さんにはいつも感謝です。ありがとうございます。

2週間後のコンクールに向けて、人前で力試しと思ったのが主目的ですが、そちらは多くの課題を残す出来でした。もう練習しかない!という感じです。

あとは、ミュゼットの論文を準備中の方に会えれば良いかなと思っていましたが、こちらは目的が果たせました。

それから、コンクールやら関係したCDやらの告知、「幸せはシャンソニエ劇場から」や、その辺りに関して JAA の機関誌に寄稿する話などをしました。トークが堂に入ってきたとの評価も頂きました。それは素直に嬉しく思います。コンクールでも今年も司会をする事ですし。「それに引き換えアコーディオンは進歩が…」とならなければ良いだけだと思っています。喋るのは本業と言えば本業ですから。

”かふるーる”にはいろいろな方がいらっしゃるので、楽しみにも勉強にもなります。昨日は、いろいろに音楽を楽しんでいらしたベテランの方のお話しが印象に残りました。その方は多くの楽器をこなされるのですが「自分に卒業証書を出すのが早い」とのことで、「あとは練習(があるだけだ)」と思えれば一応の到達と考えるそうです。僕などは「まだまだ練習が(残っている)」と思って、ちっとも楽器がものになってないと愚痴愚痴思うの方なので、そういう考えもあるのかと、目からコンタクト(使っていないのですが)のお話しでした。「コップに水が半分入っている」話と同じで、結局は練習すればそれだけの成果があるという冷静な判断ができれば良くて、人間の主観と関係ない物理的生理的法則は厳然と存在するなんて「正しく」考えちゃうと元も子もない話ですが、やっぱり気分は大切だと思うんだなぁ。



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