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ひとっとび、おぼえています

2009年10月18日 09:09

加藤和彦さんがお亡くなりになりました。なんとなく、「だいじょうぶマイ・フレンド」の主題歌とか思い出していたところだったので、不思議な符合に驚きました。

「果実は割れた」という不思議なタイトルの日記がSNSにアップされてて、なかを見ると一言「不思議な秋の日。」と。書いたのは年上の友人で音楽に本当に愛と造詣の深い方。もしやと思うと、同じSNSのTWITTERもどきの機能で「トノバン死去。」と、同じ人物からもっとわかりやすく。あわてて反対側を見ると、<加藤和彦さん自殺>軽井沢のホテルで首つる 部屋に遺書毎日新聞 - 10月17日 13:42。

最初の日記が13:47で、15:59に「星から星へ…」とコメントが入っている。なんてデリケートなメッセージ交換…。僕にもわかったけれども、割り込めない感じがしました。やっぱり、僕の世代のアーティストじゃないんだな。とても時代性が強かった人。そのあたりが、たとえば早川さんとは違う。

加藤和彦氏は、微妙で屈折した複雑な印象があります。シーンの中心にいるのに、そこにいないような。亡くなって引かれるのが松山猛氏の詞なのも象徴的。「サイクリング・ブギ」は、つのだ☆ひろ氏だし、あとは安井かずみ氏。テレビでの訃報も肩書きは「音楽プロデューサー」。

僕は、ファーストアルバム(「だいせんじがけだらなよさ」「ネズミ・チュウ・チュウ ネコ・ニャン・ニャン」)とチッチとサリー(「カフェ・ルモンドのメニュー」)が好きでした。歌手とか作曲家とかいうより、構えとか見立てとか時代との対峙の仕方を見せるアーティストだったのだと思います。

ところで、泉谷しげるさんが、またも「トノバンは俺の中で生き続ける」と発言されてますが、本当にそうだと新井素子の「絶句…」とか「あたしの中の…」状態になって大変なんじゃないかな。
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ジョニーの休日

2009年10月16日 23:17

今日は、六本木のシャンソニエへ。シャンソニエは日本人による日本語のシャンソンを主に聴かせるライブハウス。アコーディオン奏者をアコニストと呼ぶのと同様のカタカナ日本語です。「峠」などの漢字が国字で中国語ではないのと同じことで、こうして美しい日本の伝統は継承されているのでしょう。

大先生のカンツォーネピアノ弾き語りがメインで、お弟子さんの女性3人の前歌はシャンソンとカンツォーネが半々でした。

僕に最も興味深かったのは、カンツォーネとしてフランスの国民歌手ジョニ・アリデのヒット曲「ク・ジュ・テーム」のイタリア語ヴァージョン「カント・ティ・アーモ」が歌われたことです。歌われた戸山英二氏はイタリア滞在の長い方で、ジョニー・ホリデイと発音されていました。イタリアではフランス人歌手もイタリア風に呼ぶのが当然だそうです。

イタリア語で歌うジョニーは、ちゃんとYouTubeにありました。他にもミシェル・デルペッシュの「ワイト・イズ・ワイト」のイタリア語ヴァージョンも発見。どっちも、何とも言えない不思議な感じなので,ほかにもこういうのないかなぁ。

強く太い音を

2009年10月14日 20:33

今日はアコーディオンのレッスンでした。

コンクールが終わってから自分の演奏を何度も見てしみじみと感じていることをレッスンでも実感。とにかくリズムが弱い。フレーズが短い。音楽に充実感が無い。例えば楽譜に書いてある音を鳴らしきらずに先に進んでしまう。必要なダイナミックスを与えない。

特にレッスンだと、先生がこともなげにやってみせるので、少なくともあれはできなければならないのだと思う訳です。

以上、緊急のメモでした。(そのコンクールのこととか、宿題にしたままのハリネズミのこととか、早川義夫氏のライブに行ったこととかも、ちゃんと書きますから、もうちょっと待ってください。エミリ・シモンの新譜が馮憑したようにケイト・ブッシュだったとか書きたいことは本当にいっぱいあるのです)



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