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對馬さんに反論

2005年03月14日 23:33

我が師である對馬敏彦 dit 向風三郎氏が社長でありライターであるYTTのサイトおフレンチ・ミュージック・ クラブ掲示板に次の記事を書かれました。(以下引用。無意味なような気もするけれども一部伏せ字) お名前:ツシマ ホームページ:http://homepage2.nifty.com/merge/bgs/bgframe.htm お題:いろいろわかったこと 投稿した時間:Monday, Mar 14, 2005 at 08:44 その1。釧路にすばらしいビージーズのサイトがあった(↑)。勉強になる。 その2。そのサイトで,さなえもんも言っていたグッチ祐三の初期バンド,ビジー・フォーは既に「ステイン・アライヴ」のものまねで有名だった,ということを知る。 その3。グッチ祐三は××学園出身だった(大野修平,かっち君の後輩になるのか?) その4。その学校で(9文字削除)かっち君が先週プロ歌手としてデビューした(のだな...)。 (引用終わり) いや、人をオチに使うのはいいんですよ。どうせ4月末日には削除される掲示板だから、「かっち君」が××学園関係者だというのもね。 でもね、ちょっと事実関係が違うの。整理します。 1.プロ歌手ではありません。ラマンダのサイトにだって「ゲストと勉強中の方たちとのくつろいだ楽しいライブ」ってあったじゃないですか。僕は「勉強中の方たち」であってアマチュアとしての出演でした。ご好意でチケットノルマとかなかったのですがノーギャラだし。 2.グッチ裕三の初期のバンド、ビジー・フォーというのはとらえ方として微妙。もともとグッチさん、モト冬樹さん、ウガンダさん、いたっけ島田(みんな憶えてないでしょ? このひとは島田与作こと、もとGSのクーガーズのベーシスト島田昌弘氏。リーダーだったんですよ。ちなみにクーガーズは差別化のためにスカートをはくという戦略を採ったバンドで、三宅裕司のいとこが在籍したことでも名高い? 関係ないけれどもグッチさんも田中星児のいとこらしい)さんによる「いそがしバンド」が改名して「ビジー・フォー」となり、グッチ、モトの2人以外がメンバーチェンジというかバックバンド化して「ビジー・フォー・スペシャル」としてブレイクした訳です。キーボードの女性は紅一点で、他のメンバーもウーロン茶とかエデン東とかいった芸名でした。現在はグッチさんが独立した形でグッチーズを率い、ギターのモトさんはビジー・フォー・スペシャルのメンバーと「モト冬樹&フリーマーケット」(後に「モト冬樹とナンナラーズ」と改名)。というわけで、ここにもレノン=マッカートニーというかオーベール=ベルティニャックというか、そういうストーリーがありますね。だから今でもイメージとしてはグッチ&モトという感じだし、僕たちの感じでは2人はいまでもビジー・フォーなんですよ。ミーちゃんとかケイちゃんとか永遠にピンクレディーじゃないですか。  グッチ裕三さんもモト冬樹さんも小中高と××学園でともに学んだ幼なじみだから、30数年も一緒にいれば離れたくなっても仕方ない? 3.大野修平先生はアングリカンチャーチの立教出身だから新教徒です。××学園はカトリックの学校です。そして不肖「かっち」は××学園関係者ですが出身者ではないのだ。私学なんて幼稚園だけだし、男子校で学んだことはないのです。 う~ん、なんだか、どうでもいいことを書き連ねてしまった。具体的な事実なんかどうでもいいや。大切なのはストーリーだな。本当にプロデビューしてしまえばいいんだ!(頭変。2005年3月14日記)
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