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グノーとラモー

2005年03月22日 00:10

先週もアコーディオン教室のご報告が出来ませんでしたが、それは進展がないからです。 レッスンはヨハン・シュトラウスの「ブルー・ダニューブ」とグノーの『ファウスト』の「ワルツ」。 ウィンナワルツはニューイヤーコンサートにちなんで新年だから始めた曲で、旧正月も過ぎ春分さえも過ぎても形になりません。この曲は永年金子先生のビアホールでのオープニング曲だったそうですから、金子流で弾けるようにならなければ東京アコーディオン教室に通った証拠にならないので、なんとしてでもマスターしようと思っています。 もう1曲は実はボタンに転向して最初に貰った曲らしい曲で一応「あげた」はずなのですが、同門のIさんが始めたので僕もリベンジとなりました。蛇腹の使い方や曲想の表現に関する要求が厳しくなり苦しんでおります。 で、これはCDで原曲を聴いてイメージトレーニングだと思って図書館で取り寄せて貰いました。聞いてみて金子アレンジの素晴らしさを感じたのですが、それよりも驚いたのは初演が19世紀半ばで、オペラ座で演奏される際にはバレエ部分を書き足すのにサン=サーンスに代行を頼もうとしたとか、あまりに人気曲だったので19世紀末にはバーナード・ショーやドビュッシーが食傷しているとか、もとになったゲーテを翻案した芝居が上演された1950年代に『ファウスト』の翻訳者であるネルヴァルが酷評したとか、そういう事実でした。 大スターが綺羅星の如く登場するエピソードですが、僕を驚かせたのはそれではなく、そんなに新しい話だということ自体でした。 だって、グノーってロココの人だと思ってたんですよ。バレエとかあるから、ルイ14世の宮廷で演奏されたのだと思ってました。アヴェマリアってバッハの平均率を伴奏にした歌があるじゃないですか。だからバッハの時代の人だと…。 冷静に考えると滅茶苦茶ですね。 バッハ(1685-1750)だから、バッハは18世紀の人ではありませんか。ルイ14世の世紀はヴォルテールに言われなくても17世紀。これはルイ14世の宮廷に仕えたリュリ(1632-1687)と混同したのでしょうか。そうです指揮棒を使い始め指揮棒のために死んだあの人ですね。ちなみに「トリヴィアの泉」で紹介されていましたが、僕は知っていました。どうでもいいけれど指揮棒は今でも刺さっています。去年はN響でアシュケナージが手に刺したし、サー・ゲオルグ・ショルティはこめかみ(!)に刺したらしい。2人とも生きてるけど。いやショルティは死んだか。でも死因は自分の指揮棒を刺してではないはず。止まらなくなってますがアシュケナージの時は後半のチャイコフスキーの交響曲をコンサートマスターが弾き振りをして代行したそうです。同行した弟子がデビュー(!)したりしないのね。現実は『のだめカンタービレ』ではないのか。 閑話休題。なんでそんな勘違いをしたのかとつらつら考えたら、もっと恐ろしいことに気付きました。ラモー(1683-1764)とも混ざっているたのかもしれない。 だって名前が似ているもの。 無知無教養ですね。マネとモネを間違えるのよりもたちが悪い。あっちは一応どっちも印象派だ。今日のテレヴィでオセロの人が「タイと台湾の区別もつきませんから」と言うてはったけどあれはネタやのに僕はマジやから質悪い。 すごい反省しました。知識をきちんと身につけて整理する必要を感じました。結局ラモーもリュリも(グノーも!)具体的に全然曲を知らないのがいけないのですね。18世紀以前なんて「アマリリス」(ルイ13世)だけだったりする。あ~ぁ。勉強することは幾らでもありますね。(2005年3月22、23日記)
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