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向風語の勉強

2007年11月24日 19:47

向風三郎氏が密かに書いているブログでフランスの鉄道ストを評して「人民のアンニュイには理由がある」と書いておられます。
この、アンニュイは普通の日本語と用法が違います。「心配事」とか「トラブル」のニュアンスがあります。結局フランスのストは鉄道関係者が年金を早くもらえる特権を「世間並み」に放棄することで解決してしまいました。

同じ向風氏が著書『ポップ・フランセーズ名曲101徹底ガイド フランスは愛と自由を歌い続ける』の中でオトゥール・ド・リュシーの「フランソワーズ・アルディー風の憂愁ふくみのヴォーカルとメロディー」に関して「アンニュイには理由がある」と喝破されていますが、こちらは日本語の「もの憂い感じ、倦怠」です。ところで皆さん、この名著はもうお買い上げですか?

日本語と元のフランス語のギャップはいろいろあって、フランス語のマントはコートだとか、ヴェストはチョッキじゃなくて上着だとか、クレヨンが鉛筆だとか。

先日、ご本人から伺ったのは「モラル」という語の用法が日本語とは違うと指摘されたというお話でした。向風文脈では「モラル」は道徳ではないのです。モラルが高いと言うと、それは士気が高いとか、やる気があることで、不道徳な方向に良いモラルを持つこともあるみたいです。フランス語の moral なのですね。ちなみに道徳は morale または vertu です。

でも、スポーツ関係を中心に向風的なモラルも使われるようになっているようです。辞書の三省堂のホームページの記事が、そこのところを触れていて面白い。

僕は洋楽を聴く場合は、歌詞はだいたい分かればオッケーと思っているので、先日のゲンズブールのフランス語を楽しむ会や大野修平先生の講座の様にきちんと意味を考えると、びっくりすることがあります。ジェーン・バーキンの Quoi にしたところで恋愛の一般論をお気楽に歌っているように思っていたのですが、最初の1行目から、「何よ! 私たちの燃えるような愛がいくらか残ったとしても灰が残るだけよ」だったので、もう愛は残らない瀬戸際状況だと知ってビックリしました。ちゃんと読めよって感じです。しかし、自分の妻に自分を責める歌詞を歌わせるゲンズブールは捩じれています。

もちろん、同じ Quoi に出て来た soit dit en passant 「ついでだから言うけれど」なんて熟語的表現は知りませんでしたし、Di doo dah の un de ces quatre が un de ces quatre matins の省略形で「近いうちに」だなんて思いもよらなかった!

ああ、フランス語の道は遠いということで、今日はアリゼちゃんの新曲の字幕付き動画を貼付けておきます:

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コメント

  1. 茨 | URL | P0vgGwAM

    >しかし、自分の妻に自分を責める歌詞を歌わせるゲンズブールは捩じれています。
    いつの世にもMというかなんというかこういう人はいるんですね。
    こういう部分に反応してしまう私は何なんだろう。
    アリゼは前見たクリップと比べると、もう少女っぽくはないすね。
    顔が完璧すぎる。
    髪型はボブで固定なんだろうか…どんな髪型でも似合うと思うんだけどなあ?

  2. ロッタ | URL | /.lRobRA

    もったいない・・・

    アリゼちゃんは美しいし歌もなかなか上手いのに、
    イメージ戦略先行で楽曲がいまいちというか・・・
    もっとちゃんとした歌を歌わせてあげてほしいです。

  3. かっち。 | URL | V54S/nVg

    アリゼの今後

    僕が心配しなくても、あれだけ知名度があって存在感があるのだから安泰だと思いますが、

    茨さん> 1児の母だから少女っぽいのはありえないかと…。
    ロッタさん> 僕としては、何を歌ってもアリゼだからいいのだという境地です。リオやヴァネッサと同じで、ある意味殿堂入り。

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