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ノエルでもあるから

2008年12月26日 22:00


フランスの代表的なクリスマスソング、ティノ・ロッシの「プティ・パパ・ノエル」であります。
この画像は1977年のものでYouTube投稿者のコメントに拠れば、この年ヒット・チャートの1位になった際の映像だそうです。ティノ・ロッシ先生古稀ですね。

さて、「プティ・パパ・ノエル」に関しては、僕自身がウェブサイトに書いた紹介文が一番まとまっていて手っ取り早いので、再録します。(以下引用)

フランス語のクリスマスソングがあることを、このウェブサイトをご覧のポップ・フランセーズに興味がおありの方々でもご存じないかもしれません。僕も昔、フランス語の先生に向かって「フランスにはクリスマススングがあるんですか?やっぱり『きよしこの夜』をフランス語で歌うのでしょうか」と質問してしまったことがあります。しかもそのとき「『プティ・パパ・ノエル』があるじゃない」と教えて頂きましたが曲を知らなかったので理解できませんでした。東京日仏学院の鵜沢恵子先生のクラスで学んでいるときのことです。今思うとフランス語教育とフランス語発音のスペシャリスト、フランスで勉強をされ、フランスに暮らしたご経験をお持ちで、フランス人同様にフランス語だけでの授業もされる鵜沢先生ならではの素晴らしい情報だったのですが、文字通り猫に小判でした。

「プティ・パパ・ノエル」はレイモン・ヴァンシ作詞アンリ・マルティネ作曲で1946年に作られたシャンソンです。映画 Destins のために書かれたそうですが、この映画はポスターを見てもあまりクリスマスっぽくないので、どういう状況で使われたかは不明です。しかし12月18日封切だったそうですから、やっぱりクリスマスストーリーかもしれません。

歌っているのは映画の主演を務め主題歌も歌っているティノ・ロッシです。ティノ・ロッシはフランスの国民的人気歌手で、1907年にコルシカ島のアジャッシオで生まれています。ナポレオンに次ぐコルシカ出身の有名人と評され、既に1930年代から歌手、映画俳優として大スターでした。戦前に「ヴィエニ・ヴィエニ」で全米チャートの1位を得たとも言われています。いかにもイタリア的な歌のうまい美声歌手で、二枚目の美男です。名作曲家ヴァンサン・スコットとのコンビでのオリジナル曲、「ベサメ・ムーチョ」などのエキゾチックなレパートリー、アメリカン・ポピュラーのカヴァー、クラシックまで生涯に1,000曲以上レコーディングし、レコードが3億枚以上売れています。1983年に亡くなるまで人気は続き、死後もフランスでの評価は大変に高いものがあります。

多くのヒット曲を持つティノ・ロッシ最大のヒット曲が「プティ・パパ・ノエル」です。発売当時に300万枚を売り上げただけでなく現在に至るまで毎年売れ続けています。彼の死の翌年の1984年から2004年までの20年間のフランスのベスト50に 84, 87, 88, 89, 90, 91, 92, 93, 94, 97, 98, 99, 00, 01, 02, 03, 04 と17年もチャートインし、91,92年には6位まで上がっています。フランス語圏に於ける「プティ・パパ・ノエル」は英語圏に於ける「ホワイト・クリスマス」同様、絶対の定番であり他の追随を許しません。日本に於ける山下達郎の「クリスマス・イヴ」に匹敵します。「プティ・パパ・ノエル」は、クリスマス時期にフランスで過ごしたりフランスのラジオを聞けば必ず耳にする曲です。

歌詞はクリスマスイヴに子供がサンタさん(パパ・ノエル)に向けて「僕の靴を忘れないでプレゼントを入れてください」と歌う内容で、とてもかわいらしい。フランスではプレゼントのためにツリーの下に靴を置くそうです。なんだか風俗習慣の違いを感じ、やはりフランスは遠いと感じます。「ふらんすへ行きたしと思へどもふらんすはあまりに遠し」と始まる萩原朔太郎の「旅上」の続きの詩句「せめては新しき背広をきてきままなる旅にいでてみん」にならって、旅に出られないまでも新しい背広を買ってしまいました。

日本ではティノ・ロッシは「小雨降る街」で知られていて、むしろコンティネンタル・タンゴのイメージがあります。「プティ・パパ・ノエル」を耳にすることは、ほとんどないと思います。意外にアメリカでは日本よりも知られているようです。以前、アメリカで作られたフランス語教材のカラオケ・ソングブックに「プティ・パパ・ノエル」がありましたし、ジョシュ・グローバンが今年アメリカでヒットさせているクリスマスアルバム『ノエル』でも歌われています。

クリスマスケーキの定番がビュッシュ・ド・ノエルになったように、クリスマスソングといえば「プティ・パパ・ノエル」と日本でもなれば良いですね。そのぐらい良い曲なのです。

(追記)ティノ・ロッシの映画はDVDはほとんど出ていないのですが、VHSでは結構安く中古が入手できます。もちろん Destins も出ていました。10ユーロしないので手に入れてしまいそうです。映画を見ることができたら、この文章が改稿できます。(蛇足)様々な理由から、この文章はまさにクリスマスの始まりの待降節の始まりである12月初めに書き始めたものです。その間、街やテレビなどで多くのクリスマスソングを耳にしましたが、もちろん「プティ・パパ・ノエル」は聞こえず、やっぱり日本では知られていないと日々思っていたのですが、この原稿の第1稿をを書き終えた12月半ばに遂に聴いてしまいました。それも、自宅のロビーに流れている有線で、です。僕が住んでいる建物には、普段はクラシックが流れているのですが、週末はポピュラーのインストルメンタルになります。その有線のチャンネルがクリスマス特集だったようで、「プティ・パパ・ノエル」に遭遇しました。知らないうちにみなさんも耳にしているかもしれません。そして、先日クリスマス・イヴにダニエル・コラン師のアコーディオンとドミニック・クラヴィックのギターのご機嫌なコンサートがありました。最初はホワイト・クリスマスでしたが、途中でセット・リストに無い「プティ・パパ・ノエル」が! 僕は大喜びで一緒に歌いましたが、客席の反応は薄かったようです。客席にいるピエール・バルー氏が紹介されたときも、「サ・ガーズ」を演奏した後でドミニク・クラヴィックが日本のシャンソン雑誌に敬意を表してとコメントしたときも会場は反応しなかったし、やっぱり今年も啓蒙に励まなければなりません。(引用ここまで)

以下2008年12月時点での追記です。「プティ・パパ・ノエル」の知名度は極東の地では相変わらずで、今年はダニエル・コラン師のアコーディオンとドミニック・クラヴィックのギターのコンビは去年ゲストだったクレール・エリジエール女史をメインしてシャンソンのコンサートを東京で行いました。12月の初めでしたが、もうアドベントに入っていましたしアンコールの締めはやっぱり「プティ・パパ・ノエル」。去年はアコーディオンファンが多くを占めていた客層も、今年はシャンソン愛好家にシフトしていましたが、やっぱり「プティ・パパ・ノエル」ではいまひとつ盛り上がれなかった感はありました。初出の映画『デスタン』もまだ確認できず仕舞いのままです。
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