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衝撃発言

2009年06月21日 22:23

ごぶさたしてました。先月向風師匠が来日して以来のエントリーです。もちろんその間も音楽的な出来事はそれなりにありましたが、なんだかブログが書けずにいました。その上6月7日が誕生日だったのですが、そのあたりから体調を崩して高熱を出したり咳が止まらなくなったり、要は風邪なのですが、どうにもアクセルの踏み込めない毎日。

しか~し、今日は、そういう「打つポイントが掴めずに打撃不振」的な日々を吹き飛ばす事件があったのです!

実は本日6月21日は谷口楽器サンデーアコーディオントーク第44回がありまして、不詳ワタクシメが何回目かの講師を務めさせて頂きました。テーマは「ミュゼットについて」。今思えば桑山哲也氏の向こうを張って「みんなのミュゼット」とすれば良かったと思っています。
 客入れにエットーレ・スコラ監督の映画「ラ・バル」冒頭30分の1930年代のダンスホールにミュゼットが流れるシーンまでを流し、ミュゼットと聞いて連想する音楽の代表で桑山哲也「哀愁のミュゼット」をPrima!のデュオヴァージョンで紹介する寝床振りで始まりましたが、1992年アルベールビル冬季オリンピックオープニングイベントの映像でミュゼットがフランスの国民的音楽であることを示し、一小節単位に揺れる人たちを見ることでワルツミュゼットのノリも知ってもらいました。
 ダカンの「ロンド形式のミュゼット」を実際に弾いて現代のミュゼットとは似ても似つかないのは、本来ミュゼットとはバグパイプのことなので、バロックのダカンやラモーの曲のミュゼットはバグパイプ風の繋留音と装飾音を用いたスタイルの曲であると説明。Youtubeで見つけた「フランスのバグパイプの1000年間」なるリサイタルの抜粋映像が役立ちました。
 続いて、オーベルニュ地方のバグパイプと、イタリア移民が持ち込んだアコーディオンが融合した、バルミュゼットの成立を語り、20世紀初頭のミュゼット創世記の巨人ヴァシェとペギュリ兄弟の名曲を次々とお聴き頂きました。
 最後は金子万久氏が生前ミュゼットを語った文章を紹介して、そこに触れられた昭和初期に日本でも大流行したモリス・アレキサンドルの「パリの屋根の下」を聴いてお開きとなりました。

お足元の悪い中をお運び頂きという常用句が何の違和感もなく使える凄く天気の悪い日であったこと、そもそも知識系の日は入りが悪いこと、前回と違って僕自身がなりふり構わず営業努力に励まず、このブログでさえ紹介していないことなど相まって、動員が10名を切りましたが、皆さんに熱心に僕のお話しをお聞き頂き、ミュゼットの名曲は当然うっとりと聴いて頂けて悪くない出来だったと思います。

さて、最大の衝撃はトーク終了後に参加者の方とお話しやご挨拶をしている時に襲いました。「CDは出してないんですか?」って僕に訊ねた方がいらしたんですよ! 本当にビックリしました。横で聞いていた谷口楽器の社長も驚かれたようで「CDを出すには練習が足らないね」と素で反応していた位でした。それは僕も同感。しかしこれ以上何を言えば良いのか途方に暮れる感じがあるので、久しぶりに出てきてアレゲですが、今日のブログはここで終わりにします。
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