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マルボロ・マンの歌

2013年02月01日 22:00

先月23日にアコーディオンのレッスンの話を書きました。そこで教則本に取り上げられたフランスの子供の歌に関して「MALLEBROK ER DÖT I KRIGEN なんてタイトルがスェーデン語では,なんだかわかりません」と書いたのですが,非公開コメントで曲名はデンマーク語で,曲名に出てくるマルブロックはダンテの地獄篇のマレブランケかも,とのご指摘がありました。

調べたところ,確かに曲名はデンマーク語でした。教則本は著者の一人ラース・ホルムの祖国スェーデンから出ているのですが,曲名は共著者のモーゲンス・エレガートの母語デンマーク語だったのです。さらに原曲はフランス語だと Marlbrough s'en va-t-en guerre (マルブルーは名誉の戦死)でした。18世紀から歌われている,この歌のメロディーはシャトーブリアンに拠ると十字軍の時代にアラブ世界から伝播したそうで,英語圏でも別の歌に使われています。「熊さんが山を越えて行ったよ」の方が日本では知られているかもしれません。「あいつはいい奴」モンティ・パイソンのコントで歌われていたのが記憶に残っています。そういえばベートーヴェンも「ウェリントンの勝利」で引用してました。

そして,フランス語でマルブルー デンマーク語でマルブロックは,イギリス軍人初代マールバラ公ジョン・チャーチル(John Churchill, 1st Duke of Marlborough, 1650-1722)のことでした。スペイン継承戦争で武勲を上げた立志伝中の人物。彼が興した公爵家スペンサー=チャーチル家はダイアナ・スペンサーとウィンストン・チャーチルが連なる名門。

ついでに:タバコにマルボロってあります。命名の由来に,イングランド南部のウィルトシャーにある町モールブラ,あるいはフィリップモリスの工場があったロンドンのグレート・マールバラ・ストリート,米墨戦争の英雄マールボロ将軍にちなむと諸説あるそうです。ロンドンの地名はマールバラ公由来だそうですから,日本ではマールボロで統一してもいいかもしれません。

歌詞ではマールバラ公が戦争に行っていつまでも帰らず,やっと帰ったのは亡くなってからだったと歌われてますが,実際のマールバラ公の晩年は失脚して軍を離れ後に大将軍と兵站部総監に復帰はしても名誉職。領地で宮殿の建設に専念して亡くなっています。歌の歌詞なんてそういうもの。軍艦マーチの替え歌で東郷さんが出てくる歌を耳にしたことがありますが,あれも絶対に史実に忠実ではない内容だったなぁ。

フランスの子供の歌はこんなのです。
ちなみに:ダンテ・アリギエーレの「神曲」地獄篇で悪意を持って罪を犯したものが振り分けられるマーレボルジェの一つで罪人を苛むマーレブランケは鬼。一瞬,煉獄にマールバラ公がぶち込まれているのかとも思いましたが,「神曲」は14世紀初頭ですから,そもそもアナクロニスムでした。

仔猫は先住と戦いつつも,だんだん我が物顔になりつつあります。
これは昨日の午後の写真です。
のびるアウイン20130131

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